アステカデータ 文明の特徴) 食べもの)  主食はやはりトウモロコシでした。トウモロコシを磨り潰して、練ってからやいたも  のに野菜や肉を挟んで食べるというトルティーヤ風のものや、トウモロコシスープな  どにして食していたようです。  カカオ豆から作ったココアもありましたが、大変貴重品だったようで、一部の権力者  が飲んでいたようです。    この文明の農業生産力を支えたのが「チナンパ」と呼ばれる農法です。 社会構成)  アステカ王は、神官たちのなかの一番位の高い神官でもあり、軍のなかでも最高司令  官でもありました。  「テクトリ」からなる最高会議、「テキワ」からなる軍事会議の意見を取り入れアス   テカ王は政策を決めていました。  (注 テクトリ:貴族 テキワ:戦士 マセワル:平民)  氏族集団「カルプリ」というものを基本単位として構成されていたようで、その氏族  を治める長老と民会(他のすべての部族構成員)というもので部族を運営していたら  しい。アステカが帝国として発達する前から、アステカでは「カルプリ」で構成され  ていた。テノチティトランを建設し、次第に勢力が広がるなかで、「カルブリ」の中  でも、身分が別れてゆき、「テクトリ」「テキワ」「マセワル」という身分になった。  神官たちも、ウィツィロポチトリとトラロクという神の2人の大神官をトップとして  それ以下がピラミッドのような階級になっていました。  「マセワル」の下には、奴隷やら農奴とよばれる人々が、労働させられていました。 人身御供)  やはり、アステカでも生贄の儀式が行われていました。これは部族神であり太陽神で  あるウィツィロポチトリへ血の捧げものとして行われていました。アステカは、前に  栄えたトルテカ時代の神テスカトリポカへ生贄を捧げたということを受け継いだもの  でもあります。  生きたままの生贄を押さえつけて、黒曜石のナイフで心臓を取り出すという儀式が行  われていました。アステカではこれがエスカレートしていったようで、数万人の生贄  が捧げられました。 装飾品等)  古くから陶器が作られたようで、アステカでは食器以外にも神や動物等を模ったもの  が見つかっています。  木綿やマゲイの繊維での織物もありました。色鮮やかに染められた繊維を使った織物  は有名である。  (注 マゲイ:竜舌蘭)  ケツァルの羽毛等から作られた装飾品も貴族などにもてはやされたようです。  トルコ石や貝殻、ヒスイ等を用いた宝飾品など多く作られたようです。また、金等を  使った装飾品等も多く作られました。細工が細かい等の特徴があります。