ピサロの征服)  クスコ占領)  1533年にアタワルパを処刑したピサロらはトパルカを皇帝として、クス  コへ向かった。ピサロはトパルカを傀儡として国を操ろうという方針を持っ  ていたのである。カハマルカからクスコの道中はインカの攻撃を受けながら  進んでいった。  そのうちトパルカは病死してしまった。それでもクスコに向かうピサロの前  に先代皇帝の子であるマンコが現れた。そのマンコがスペイン人に合流した  のは実はアタワルパをはじめとするエクアドル勢を良く思っていないクスコ  勢の思惑でもあったようである。マンコの登場はピサロの思惑と一致して、  マンコを即位させようとクスコへ向かうことになる。  1533年の末についにクスコにピサロたちは到着する。当時のクスコは大  きく素晴らしい都市であったようである。その豊かな町を当時のスペイン人  も多くの記録を残している。しかし、その都市は略奪の対象になった。町並  みも次第にスペイン風に作り替えられていった。  1534年にスペイン人に忠誠を誓わされたマンコがインカ皇帝に即位した。  ここまではピサロの思惑通りに事が運んだことになる。