マヤデータ ティカルの繁栄と衰退) 様々な碑文などから様々な事がわかっている。ティカルでは次第に勢力が拡大 していったこともわかってきている。ティカルの王である9代目「大ジャガー の前足」の代に9代目の弟とも言われる人物「煙を出すカエル」(※1参照) がワシャクトゥンを征服したという。 次の10代目「巻き鼻」(379〜411統治、※2参照)にはティカルから北東に 位置するリオ・アスールを制圧したという。「煙を出すカエル」は「巻き鼻」 の代にも強い権力を持っていたらしい。 その子である11代目「嵐の空」(411〜457統治)に最盛期を迎えたようであ る。 ティカルが繁栄を迎えているこの時代に北のカラクムルもそれをそれを凌ぐ程 の繁栄をしていた。また、東のカラコルやヤシュティラン、コパン等も次第に 発展してきた。 そして556年、562年には勢力を伸ばしてきたカラコルとの戦いに敗れてしまっ たようである。ティカルの影響下で栄えたセンターは勢力が衰退して、停滞期 を迎えることになる。その間にカラコルはカラコムルと同盟したりして、繁栄 を迎えることになる。 その停滞期にティカルの王家から分かれて作られたと言われるドス・ピラスは 着々と勢力を拡大していく。ドス・ビラスはナランホ、タマリンディード、セ イバルまで影響力を強め、ヤシュチランまでも勢力を広めようとしたようであ る。このドス・ビラスはアグアテカにもセンターを築いていて、衰退後にはア グアテカに住み着いたらしい。 ティカルが停滞期から26代目「アフ・ササウ」(682〜734統治)によって再 興し、その子27代目「ヤシュ・キン・カアン・チャック」にかけて神殿が作 られたりしたようである。 しかし以前のような繁栄ではなく、ドス・ビラス勢とカラクムルの同盟との戦 いを強いられていたらしい。こうして中規模のセンターへ勢力が分散されるよ うになり、かつても大センターの権力は弱まっていった。 ドス・ビラスの発展やティカルの復興などに圧されてカラコルは衰退のしてい ったようである。                               (KOTONO) ----------------------- ※1「煙を出すカエル」は王の弟ではなく、テオティワカン出身であるという 説がある。378年に彼がティカルに来たとも言われる。 ※2「巻き鼻」が何処から来たかについては諸説あり、ティカルの王は連続し ていたという説や、テオティワカンの影響を受けたカミナルフユから来たとい う説などある。彼の子「嵐の空」が石碑にメキシコの神トラロクの刻まれた盾 を持っている姿でも見つかっていることもあり関連は深いと見る。